海辺、陶器のピンナップガール

海辺、陶器のピンナップガール

金曜の夜はしとしと雨が降り続け、ひんやりと湿った土曜の朝。
私の住んでいる部屋は丘の上にあり、そこから見える港には、薄く白い霧が海面を滑っていた。早朝と日が落ちたあとはだいぶ冷え込むようになった。3月初めのオーストラリア、残暑も程々にもう秋になってしまうのだろうか。

こちらにきてから現地のバイトを見つけ、2月初めから働き始めた。人生初の飲食バイトで、テーブル番号を覚えて何もこぼさずに皿を運ぶ給仕の仕事、1秒も無駄せず動き回るキッチンの仕事の繊細さに目が回りながら、なんとかやってきている。土曜日は一週間の中でもお店が最も混む日で、スタッフ総出で対応するため、毎週土曜は早起き出勤だった。

小高い丘の住宅地から、急な坂道を自転車で下る。ボールを転がしたら絶対に追いつけない坂だ。下る時は気持ちいいのだが、帰りはこの急な勾配を自転車を引いて上らなければいけない。何度か自転車で登ろうと挑戦したが、ものの数秒で太腿がつりそうになったので諦めた。「行きはよいよい帰りはこわい」とはまさにこのことだ、と毎度考えてしまう。

坂が徐々に緩やかになると、そのまま大通りへとぶつかる。この街の人々は週末の早朝から活動的で、ウォーキングやランニングをする人、ベビーカーを引いて散歩している若い家族、カフェの軒先で友人とコーヒーを楽しむ人で、大通りは活気づいている。軽い生地のワンピースや、トロピカルな柄のサーフパンツでリラックスする人々は土曜の朝の解放的な雰囲気にぴったりで、こちらも清々しい気分になる。

通りに出る直前、曲がり角から赤いタータンチェックのスーツの女の子が歩いて来るのが見えた。ジャケットと細身のパンツのセットアップで、裾を何度か折り上げ、Dr.Martinの8ホールを履いている。外巻きカールの髪型や、華奢ながらもカーヴィな体型。ロンドンの路地裏でたばこをくわえるパンクガールと言うよりも、アメリカのピンナップガールのようだ。ディタ・フォン・ティースのように頭のてっぺんから爪先までスタイルが統一されていたため、そう思ったのかもしれない。

進行方向へ目線を戻しながら、金曜夜のパーティから朝帰りかな、と考える。しかしふとした違和感に、反射的に彼女を二度見してしまった。
彼女は人形のように顔が真っ白だった。華奢な体にのった小さな顔がどうらんを塗ったように白く、赤いリップがくっきりと浮かび上がっている。じろじろ見るわけにもいかないのですぐに視線を逸らしたが、彼女の姿が脳内のスクリーンにはっきりと映し出される。

朝帰りだと思ったのだけど、違うのだろうか。あれは、外出前にはたいたばかりで、肌に馴染む前の白粉の白さだろうか。赤みの強い鮮やかな紫に染められた髪の毛は、毛先にかけて外巻きに大きく1カール。夜通し騒いで、もしくは酔い潰れ床から起き上がってた後で、あの綺麗なカールを保てるものだろうか。

少し雨がパラついてきた。
通りを渡るために信号待ちをしていた私の後ろを、彼女が通りすぎる。そのまま停留所の横へ向かい、静かにバスを待っていた。
ノースリーブの腕が並んだ中に、赤いタータンチェックが挟まれる。こんがりと日焼けした顔の隣に、陶器の人形のような白い顔が並ぶ。


灰色の雲と小雨に包まれた土曜の朝には、彼女一人だけが馴染んでいた。