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私たちのハイジがそこに!:『Heidi』(2015)

「ペーター!」と声高らかに野山をかける少女ハイジ。
と聞いて日本人が思い浮かべるのは、高畑監督のアニメ(1974)版の丸くころころしたハイジじゃないだろうか。

驚くべきことにこのアニメ版「アルプスの少女ハイジ」はドイツやスペインなどでも放送され人気を博し、ヨーロッパでも長らく親しまれているそうだ。

スイス出身の監督アラン・グスポーナーによる映画『Heidi』(2015)は、まさしく「私たちのハイジ」を実写で観ているようで、日本人の期待を裏切らない。

監督自身も「ヴィジュアル面で [高畑監督のハイジの] 多くの影響を受けています。(*1)」と話しており、アニメ版がどれだけヨーロッパに根付いているかが伺える。

作品の基本情報と舞台背景

「アルプスの少女ハイジ」の原作はスイスの女性作家ヨハンナ・シュピリによる児童小説で、教養小説(ビルドゥングスロマン)としての特徴を持ち、宗教色も強い。

信仰心を持つことは大事ですよ、こんな風にみんな困難や葛藤を乗り越えて立派な大人になっていくのですよ、と青少年への手本を示す本だ。

シュピリの原作が発行されたのは1880-1881年。ドイツは第二次産業革命によって、ラインラントを中心に重工業が発展した時期だった。

このラインラントの州都マインツからクララが住むドイツのフランクフルトまではたった50km弱で、そこにも産業革命の波が押し寄せていた。

一方、スイスは貧しい国で、多くの人が豊さを求めて国外へ流れていたという。スイスが貧困から脱するのは、第二次世界大戦後のことだ(*2)。

美しいアルプスの野山とドイツ世紀末美術に溢れたお屋敷

この映画の二つの舞台、スイスの山村部とドイツのフランクフルトは、19世紀末当時大きく異なる暮らしぶりをしていた。

しかし『Heidi』で映し出される〈自然〉と〈都市〉はどちらも美しく、お気に入りの写真集を眺めるようにうっとり魅入ってしまう。

グスポーナー監督は作品を撮るにあたって19世紀末の暮らしや文化を徹底的に調べあげ、以下のように映像に反映させる。

たとえばゼーゼマンさんのようなお金持ちの邸宅の特徴として、ソファや壁紙などの調度品が、花や樹などの自然のモチーフで溢れています。産業革命の公害で汚れてしまった大都市で、裕福な人はお金をつぎ込んで、自分の家に自然を作り上げたわけですね。そういった細かなところも、しっかりと再現するために、当時の壁紙の模様を今でも印刷しているところを探しました。幸運なことに邸宅に関しては、ドイツにオリジナルのまま改修されていない建物があり、それを使うことができました。

「ジブリに影響を受けた…?実写『ハイジ』アラン・グスポーナー監督インタビューが到着!」

お屋敷は、マホガニーっぽく見える重厚感のある家具やインテリアと、ワインレッドのクロスがベースとなり、深く落ち着いた雰囲気である。確かに壁をつたう花模様の壁紙で、室内の所々にアイビーのような緑の植物や生花が活けてある。

アーツアンドクラフツ運動とドイツ

「工業化社会に住む富裕層が好んだ自然のモチーフ」と聞けばやっぱり、19世紀末イギリス発祥のアーツアンドクラフツ運動と、その中心人物ウィリアム・モリスが思い浮かぶ。

モリスは壁紙や家具などのデザイナーでもあり、彼の会社であるMorris Co.(モリス商会)の深みのある色調と曲線美の植物モチーフの製品は日本でも人気がある。

学生時代の私はこの時代の美術・芸術にどハマりし、めちゃくちゃ調べた。

英文科でイギリス文学を専攻していて、まさにこの時代の英国文化を研究している教授がいらしたので、彼女の元へ通って色々聞いたりもした。

アーツアンドクラフツ運動は海を超えてヨーロッパ大陸にも広まり、各地でそれぞれの芸術運動を触発した。

フランスのアール・ヌーヴォー、ドイツのユーゲントシュティールの流れの元にあるのはアーツアンドクラフツである。唯美的、退廃的な19世紀末美術の起点だ。

【ミニ知識】ヘルマン・ムテジウス(Hermann Muthesius, 1861-1927)

イギリスでアーツアンドクラフツ運動に触れてドイツに持ち帰り、1907年ドイツ工作連盟を創立したのがヘルマン・ムテジウス。ハイジの時代(1880年以前、もしくは1880年代前半?)から30年ほど後になるので、小説に直接関わりはないと思われる。
しかしミュンヘンやウィーンで盛んだったユーゲントシュティールとはまた別に、アーツアンドクラフツの流れを組む団体があったのを初めて知ったので、ここにメモしておきます。ユーゲントシュティール勢との関わりがあったのかが気になるところ。

牧歌的な映画だからいいんです。

私の映画の好みは大きく二つに分類される。

  1. ストーリーが好き
  2. ヴィジュアルが好き

もちろん1と2どちらも当てはまることもあるが、今回の『Heidi』は後者。

決してストーリー性がないと言っているわけではなく、この映画のヴィジュアルが私の胸キュンポイントであるということ。

そして「2. ヴィジュアルが好き」な作品は、モチベーションをあげたい時、綺麗なものに癒されたい時、作業中になんとなく見れる・聞けるものが欲しい時に流すことがとても多い。

そして精神的に落ち着きたいと無意識に思っているのか、ストーリーが穏やかな作品ばかりだ。

私が『Heidi』を好きなのも、映画全体を通して微笑ましい気持ちで鑑賞できるから。具体的に言えば、主人公らを傷つける悪役らしい悪役が出てこない。

悪役の代わりに、かわいい意地悪

『アルプスの少女ハイジ』なら、ロッテンマイヤーさんがいるじゃないか!と思うかもしれないが、彼女が完全な悪役だとは思えない。

主人公と対峙する人物ではあるが、対峙という点から言えば、山に帰りたがっているハイジを引き留めるクララだって、悪役になってしまう。

ロッテンマイヤーさんはちょっとハイジに厳しく意地悪なだけだ。虫が好かないことがあっても、あからさまに危害を加えるわけでもない。

意地悪なのは、お屋敷に仕えるディーテだって、ペーターだって同じだ。

ディーテは若い女の子の給仕で、ハイジやクララの身の回りの世話をしている。

まだ若いためか彼女自身もちょっと無邪気なところがあり、山から降りてきたハイジに「山にはお化けがいるって聞いたんだけど本当?」と真面目な顔をして尋ねたりする。

ディーテはおてんばな末っ子の世話に手を焼く長女のような風情があり、そのせいか時々ハイジに対してチクッと刺さる一言を投げる。

この映画の中のペーターは、ちょっとずるくてヤキモチ焼きなところがあり、アニメ版のおおらかで朗らかなペーターと比べるとより人間臭い。

山に遊びにきたクララにハイジを取られたと思って不機嫌になったり、楽しそうに遊び続ける二人の輪に入れずヤギに八つ当たりをしたり、まあ普通の男の子である。

しかしディーテもペーターもずっと意地悪なわけではなくて、ちょっとした感情の揺らぎの中で意地悪になってしまうだけなのだ。

そこが彼らの可愛いポイントであると思うし、ストーリーの中のスパイスになっている。

まとめ

グスポーナー監督の『Heidi』は、日本人が持っている「アルプスの少女ハイジ」キャラクターイメージを見事に実写化しつつ、原作小説のエッセンスを上手にまとめた映画だ。

19世紀末のスイスとドイツ、自然と文明のように対極的だった二つの土地の現実的に描きつつも、それぞれの美しさも十二分に映し出した映像に私たちは見惚れるばかりだ。

キャラクターも背景もとても魅力的なので、ぜひ「私たちのハイジ」を確かめてみて欲しい。

参考資料

*1, *2 「ジブリに影響を受けた…?実写『ハイジ』アラン・グスポーナー監督インタビューが到着!」 TSUTAYA(https://tsutaya.tsite.jp/news/cinema/i/36662255/index) 2020年4月24日閲覧

「『アルプスの少女ハイジ』原作とアニメはこれだけ違う」NHKテキストView (http://textview.jp/post/culture/37618)2020年4月24日閲覧

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