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【映画】『リトルフォレスト』:「丁寧な暮らし」というファンタジー

異国に住んでいると日本の青々とした自然が恋しくなる。
30歳にもなると、砂埃だろうが雪だろうが気にせず遊んだ子供の頃が懐かしくなる。

こうした郷愁に浸っている時に観たくなるのが『リトルフォレスト』(2014-2015)。日本の四季と里山に実る農作物が、しずかに鮮やかに映し出される作品である。

基本情報と作品の舞台

映画監督は『重力ピエロ』(2009)なども手掛けた森淳一、主演は当時『あまちゃん』フィーバーの渦中にいた橋本愛。

原作は五十嵐大介の同名漫画で、2002年〜2005年にかけて月刊『アフタヌーン』に掲載。「小森」という集落で暮らす20代の女の子「いち子」の姿を描いた作品である。彼女は自ら畑を耕し稲や野菜を育て、収穫したもので生活している。

いち子が採ってくるもの、それを使って作る料理はどれも美味しそうでお腹が空く。この映画は自然と食(と橋本愛ちゃん)をとても魅力的に収めた作品である。

本作は「夏」「秋」「冬」「春」の4編から成っていて、それぞれ1時間弱くらい。Netflixで観ると4話1シーズンでなんの違和感もないのだが、映画館での上映では2編ずつ(夏と秋、冬と春のセット)、エンドロールも1編が終わる度に毎回入れて流したようだ。

テーマ曲を担当したのはyuiが率いるバンドFLOWER FLOWERで、各季節ごと計4曲を書き下ろした。透き通るyuiの声と四季の風景に馴染む優しいサウンドで、それぞれとても良い。各エンドロールを観ないともったいない。

ここまではwiki参照。

評価は賛否両論?

こういう緩やかな映画は、評価が真っ二つに分かれるところがある。

低評価意見で目立つのが、「ストーリーがない」「内容がない」「リアリティがない」「映像美だけで成り立たせている」などなど。

私はこの映画が好きなのでこうして紹介しているわけだけど、上記の意見を否定はしない。間違ってはいないと思う。

しかしこれ系の映画の良さは「映像が美しく、ストーリーの抑揚がなく、リアリティに欠ける」というまさにそこにある。

「ていねいな暮らし」という幻想世界

初めて『リトルフォレスト』をみた時、「ていねいな暮らし」の究極形だなと思った。

インスタなんかでよく見かける#ていねいな暮らしのタグ。
衣食住など日々の生活を見直し、ていねいに時間をかけて楽しもうという信条と、そのモチベーションを焚きつける美しいビジュアルの数々。
「ていねいな暮らし」という言葉と視覚イメージは強く結びついている。この言葉を耳にした時、多くの人々が似たようなイメージを思い浮かべることができるだろう。

自分が暮らす現実的な毎日の中にも、こんなに美しい瞬間があるのだな。身近に摂取できるこうした恍惚感から皆、「ていねいな暮らし」をキャプチャーすることにのめり込んでいく。

しかし私は「ていねいな暮らし」というのは現実的な生活に隣接するフィクションの世界であり、決して現実生活の一部ではないと思っている。

この系統の映画にせよ、雑誌の誌面にせよ、インスタの投稿にせよ、美しく理想化した仮想現実が手の届く範囲にあるように見せかけている幻想である。

そしてこの仮想現実は短期間なら(それこそカメラに収める一瞬なら)具現化できる。しかしその状態を習慣化、常習化させられる人は、一体どれだけ存在するのだろうか。ものはすぐに散らかるし、疲れている時は凝った料理なんかしたくない。週末の朝は二度寝したいし、部屋着のまま夕暮れを迎えることだってしょっちゅうある。そうでしょ?

「ていねいな暮らし」は私たちの理想世界をたった一瞬具現化しただけの幻想。そしてファンタジーであるからこそ、徹底的にその美的世界を構築し、見る者を惑わせなくてはいけない。

「田舎暮らし」の究極のファンタジー

『リトルフォレスト』のいち子は20代でど田舎の小さな家で一人で暮らし、農作業も一人でこなし、ほとんど自給自足の生活をしている。

あり得そうで、なかなかあり得ない設定だと思う。いち子は畑で野菜を栽培するだけではなく、小さな水田も所有し、そこで米まで作っているのだ。

一応設定として、いち子はその集落で育ち、そこでの人々の生活をずっとみて学んできているということにはなっているが、それでも20代女子が一人でこの生活へ踏み切るって状況ってなかなかないんじゃないかな...。

しかしそれでもこの映画が楽しめるのは、徹底して美しい画を写し続け、「不便であることすら楽しみながら、自然と共存し、その恵と共に暮らしていく」という田舎暮らしのファンタジーを上手に構築しているからだと思う。

農作業姿も汗だくで大変そうだけれど、あくまでも清々しく。
田舎コミュニティのがんじがらめの人付き合いなんて見せず、人々は皆温かい。
この映画は、集落暮らしの陰は絶対に見せない。
だからある人が見れば、全くリアリティがない話だと感じる。

しかし嫌な部分を徹底的に隠し、映像美と穏やかなストーリー展開に集中して完全なる幻想を作り上げることで、私のような人を惑わせてもくれるのだ。

主演の橋本愛ちゃんが小森で感じたこと

岩手にある「小森」という集落で巡る四季と、そこでの生活。
実際に岩手県にて一年がかりで撮影した風景は、本当に綺麗でため息が出る。私は東北出身なので、分厚い雪に覆われた野山や地域の人の方言が、懐かしい気持ちにもさせてくれる。

主演の橋本愛ちゃんは、東京と岩手を往復しながら1年間の撮影に挑んだそうだ。シネマカフェネットに掲載された彼女のインタビューが、このファンタジー作品中では見せなかった「田舎の現実」を語っていて面白い。

「岩手での日々は“撮影”という感じではなく、単に田舎で生活しているという感覚だったのでは?」と尋ねられることも多いそうだが、橋本さんは静かに首を振る。
「むしろ、いわゆる撮影っぽい撮影でした。岩手に通っていると周りからも『家に帰るような感じ?』とか、『リフレッシュに行くような感覚?』と聞かれることが多かったんですが、いやいや『仕事、仕事!』という意識で、自分の中でもいっぱい、いっぱいな部分が多かったですね」。

【インタビュー】橋本愛 全てを捨て、全てを糧に18歳は歩き続ける

そして集落の暮らしは「一定して大変だった」とも振り返る。
もぎたての野菜をそのまま朝食にできることや、好き嫌いが減ったことなど、この暮らし(撮影)の中で得たものも語る愛ちゃんだが、こうした生活は自分には向いていない、と考えている。

「毎年毎年、(田植えや種まき、収穫など)同じサイクルで同じことをする――長い時は1年後にしか実にならないものを準備するというのは、眩暈(めまい)がしそうな暮らしだなと思います。いま自分は都会で、欲しいものを欲しい時に手に入れる暮らしをすることに慣れて、そういう生活を好んでしているので、(収穫の)保証のない生活に踏み出すというのは怖いですね」。

彼女の声がとてもリアルで現実的。
そう、このファンタジーの後ろに隠されている現実部分は、まさにこれだと思う。

『リトルフォレスト』は、日本の四季の豊かな表情と、素朴で美味しそうな料理たちに癒される映画。

無理に理屈やメッセージを捉えようとしなくていいんです。
ただなんとなく、ゆらゆらふわふわと映画を楽しんでもいいんですから。

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